ぜんそくやアトピーに悩み苦しんでいたあのころ...(その1)

わたしには、持病があります。

 

いわゆるアレルギー体質なんです。

 

幼いころ、気管支ぜんそくにかかり、生死の間をさまよいました。

 

原因はおそらく当時自宅前にあった工場のばい煙ブタクサ、キリンソウの花粉系だったと思います。

 

息ができないんですよね、それで、夜中、救急車で隣の県の病院まで運ばれた記憶があります。

 

そこで、入院して、上半身にビニール制のフード掛けられ、そこに酸素ボンベが直結されていたことを思い出します。

 

今でも実家の物置の中にボンベが置いてあるんです。不発弾か、と思うくらい不気味です。そんなの早く捨てりゃいいのに。

 

ステロイドとかもガンガン投薬されてたんじゃないでしょうか、とりあえず、一命はとり留めたものの、その後、中学校にあがるくらいまでは、肺がゼイゼイいう苦しみによく悩まされていました。

 

肺を鍛えるべく、スイミングスクールとか行かせてもらったりしました。

親も大変だったと思います。

 

でも不思議と、中学校に上がってからはあまりぜんそくの症状は出なくなりました

 

しかし、代わりに出てきたんでしょうかね、アトピーさんが。

 

そもそも幼少のころからその要素はあったのですが、そんなにひどくなることはなかったです。

 

しかし、中学に上がってから特に夏場、汗をかくシーズンになると関節という関節が痒くなって、掻いてしまうのでバイ菌が入ってさらにひどくなります。

 

で、ステロイドを塗って、いったん良くなるのですが、また悪くなってしまう(いわゆるリバウンド)、というループを繰り返していました。

 

冬は冬で乾燥するので、保湿能力の欠如したわが皮膚はカサカサになり、また痒くななって掻いてしまう。ほんとやっかいです。

 

また、精神的にプレッシャーがかかると余計ひどくなる傾向があるんです。

 

試験期間中とか受験時は薬をべったり塗っていました。

受験のプレッシャーから解放された大学時代は、比較的安定していましたから、とてもわかりやすいです。

 

まぁ、なんとか、常に皮膚をキレイに保つことを心がけ、騙し騙しアトピーと付き合いながら、その後の学生時代を過ごすことになります。

 

そして、社会人になってから2年ほど過ぎた夏にとても酷い症状が現れるようになりました。きっと精神的につらかったんだと思います。

 

湿度の多い夏にもかかわらず、皮膚はカサカサのパリパリ状態になり、掻くと皮膚が砂のようにパラパラと粒子状になって、毎朝シーツに滞留する、という惨状でした。

 

できる限りステロイド剤に頼りたくな~い、という思いも病状をただ悪化させていた一因だったように思います。

 

ちょうど、そのころ、みのもんたさんのお昼の番組で、高知県土佐清水市にある「佐清水病院」がステロイド使用を極力抑えた、体に優しいアトピー治療を実施し、効果をあげていて、多くの患者さんの駆け込み寺になっている、と紹介されていまして、たまたまそれを見ていた母が私にこの病院のことを教えてくれたのです。

 

当時はインターネットもそんなに普及していない時代、また、この病院は自由診療(保険適用外)を行っており、あやしいな、という思いもありましたが、なんとか現状を救ってもらいたいという一念でこの病院に飛び込むことにしました。ある意味、ギャンブルだったんです。

 

そして、職場には長期のお休みをいただくことを了解してもらって(といっても夏季特別休暇と土日と有給休暇でカバーできました。)この病院に行きました。

 

その結果は次回の拙ブログにつづきます。

 

マイケル・シェンカーがやってくる !!

 

突然ですが、「マイケル」といえば、どなたを想像されますか?

 

キング・オブ・ポップマイケル・ジャクソンですか?(お亡くなりになって残念です。)

 

 NBA(バスケ)のマイケル・ジョーダンでしょうか?

 陸上のマイケル・ジョンソンでしょうか?

 映画監督のマイケル・ムーアでしょうか?

 

洋楽ポップスターの二人組、ワム!ジョージ・マイケルでしょうか?(彼も若くしてお亡くなりになりました。残念です。)

 

マイケル富岡(ジャンルがよくわかりません。タレント?DJ?)ってのも居てますねぇ。

 

ワッツ・マイケル という猫が主人公のマンガも思い出しました。

 

あと、「マイケル」は英語読みで、ドイツ・オランダ語圏では「ミハエル」と呼びますよね。

 

じゃあ、F1のミハエル・シューマッハーも「マイケル」著名人に並べてもいいのではないでしょうか。(一時、スキー中の事故で昏睡状態と聞いていますが、その後の状態がわかりませんので、なんだか心配です。)

 

モータスポーツ絡みでいうと、WGP5連覇の偉業を達成したマイケル・ドゥーハンなんかも、間違いなく「マイケル」著名人だと思いますが、いかかでしょうか。

ホンダNSR500を駆る雄姿が強烈に脳裏に焼き付いています。オーストラリアでは間違いなく、国民的な人気度があると思うのです。(イチローみたいなかんじかな。)

 

前置きは、もうええやろ、ってところで、

 

わたしにとりまして、これら「マイケル」著名人よりもさらにランクがうえの御仁がいるのです。

 

その名も表題にありますとおり「マイケル・シェンカー」なのであります。

 

 「マイケル・シェンカーって誰?」

 「わかりまシェンカー?」(さむっ!)

 

マイケル・シェンカーはドイツ出身、還暦過ぎても今なおワールドワイドに活躍するハードロック系のギタリストなんです。キャリアは半世紀くらいあるんじゃないでしょうか。

 

その筋ではこの日本でも絶大な人気があり、毎年さいたまスーパーアリーナで行われているハード・ロックのフェス「LOUD PARK」というのがあるのですが、

 

www.loudpark.com

 

今年、ヘッド・ライナー(大トリ)として参戦予定なのです!

いける人、うらやましすぐる!!

 

はじめて、わたしがマイケルに触れたのは、とってもピュアな(自分で言うかぁ!)中学生のころでした。

 

いとこの兄さんががっつりハード・ロックにはまってまして、よくレコード(まだCD全盛の時代ではなかったです。)を借りては聴いておりました。

 

なかでもマイケル・シェンカー・グループのレコードは借りものにもかかわらず、レコードの溝が擦り切れるんじゃないかと思うくらい聴きました

アグレッシブながら抒情あふれる旋律に酔いしれたものです。

 

アメリカ系のブライトでフラッシー(明るくて派手な、という意味です。)なハード・ロックとはまたちがう、歴史の深いぃ伝統あるヨーロッパのマイナー調の美しい響きが日本人にあうんでしょうね、すごく琴線に触れたんです。

 

当時、今でもファンの間では語りぐさになっています、「スーパーロック’84」というイベントが東京・大阪・名古屋・福岡で開催されまして、マイケル・シェンカー・グループはこの当時から既にヘッドライナーを勤めるビッグバンドだったのです。

 

当時のラインナップを見てみますと

 

アンヴィル

⇒ 今やいろもの扱いされている感がありますが、当時出だしで結構かっこよかったですよ。

 

スコーピオンズ 

⇒ 米ソ冷戦の終焉を歌った「ウィンド・オブ・チェインジ」が世界的なヒットとな   りました。昨年のラウド・パーク初日のトリを勤めました。

 

ホワイトスネイク

⇒ 「ヒア・アイ・ゴーアゲイン」など全米チャートを賑わすヒット曲多数です。昨年のラウド・パークの大トリを勤めました。

 

ボン・ジョヴィ 

⇒ 当時大ブレーク前、駆け出しのころの彼らってとても初々しかったです。彼らはまずはこの日本からブレークしたんですよ!

 

ほんと、すんごいメンツだったのです。

 

しかし、当時、おこづかいがなく、この伝説のフェスには行けませんでした。

 

行けませんでしたが、オープン・エアな会場で行われていたのです。

 

そうです。お金がなくても、そばまでいけば、勝手に音が流れてきてくれる、そんな神対応な都心型近郊ロックフェスの草分けだったのです。

 

音が聞こえれば、それでよかった。

 

大阪南港はフェリーターミナル前。

 

 

最近ではあの市橋容疑者が捕まった場所として有名になり、ちょっとわたしの思い出をぶち壊しにされてしまいましたが、余談はさておき、

 

 

やはり、おなーじこと考える人が近くにたむろし、

おお、ボンジョヴィはじまったな!とか言って聴いているわけです。 

そして、まちにまったマイケルの音色が....

 

あれからもう30年以上も経ちます。マイケルも紆余曲折があり、やめるんじゃないかな~と思う時期もありましたが、今なお現役、頭が下がります。

 

実は学生時代、20数年以上も前の話になりますが、銀座の山野楽器で、新譜発表に合わせて、彼のサイン会がありました。

 

そのとき、初めて直接彼に触れ、一緒に写真もとってもらいました。

 

新譜の CDに彼の直筆サインを書いてもらい、これは、わたしにとり家宝級の取り扱いとなっています。

 

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そして、来月ラウド・パークで来日予定なのですが、ラウド・パーク後の翌日、10月16日に大阪で単独公演が決定しました。クリマンさん(プロモーターさん)グッジョブです。

 

www.creativeman.co.jp

 

 

実は、昨年8月にも来日してまして、約1年ぶりになり、久しぶり感はそんなにありませんが、毎年来てくれたらいいのにな、と思う今日この頃です。

 

(歳も歳なので、いつまで聴けるかわからないという怖さがあるのかも知れません。)

 

昨年、ゼップナンバに見に行きました。今年は国際会議場が会場です。

 

ラウパには行けないけど、こちらは参戦したいと思ってます。

(ママのOKが出れば、ですがね!)

 

たのしみ!

ママの作ったシフォンケーキ !!

うちのママは、たまに手作りのおやつを作ってくれます。

 

昨日はシフォンケーキを作ってくれました。

 

↓こんなかんじ

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我が家は、グリーンコープという生協に入っていまして、ママは毎週毎週、生協のチラシと格闘しながら品定めに余念がありません。

 

注文書をまとめたら、週に一度、自宅まで宅配してくれますので、その時に次週の注文書を手渡し、また配達してきてくれるという便利さです。

 

グリーンコープという生協は、どちらかというと西日本の生産者とのパイプが強い生協です。

 

お野菜は、無農薬または減農薬、有機栽培をおこなっている農家さんのもの、こどもが食べるお菓子に使われている原材料の小麦やとうもろこし、じゃがいもなどは、国産で遺伝子組み換えでないもの、加工品は添加物が含まれていない、または、極力使用を抑えたもの、を取り扱っていて、いわゆる食の安全・安心をがんばって提供してくれる、そんな生協さんのように思います。

 

価格的にはそのこだわりの分、お高めになっていると思いますよ。

 

なので、ママは、他のスーパーを併用しつつ、これはっ!と思った基本食材のみ、グリーンコープで買っている、という使い分けをしています。

 

で、今月早々のことだったのですが、グリーンコープさんで夏のこども向けイベントがありまして、出かけていきました。

 

その時に、いろいろな食材の試食会があり、生産者こだわり素材を使ったいろんな料理に舌鼓を打っていました。単なる温野菜とかでも、ポン酢をかけていただいたのですが、結構あまい本来の味が出ていたように思います。温泉卵とかもおいしかったですよ。(いつもながら貧相な食レポですみません。)

 

その中でも、

 

我が家のハートをわし掴みにした食材がありまして、それは、シフォンケーキミックスを使用して作ったその名も「シフォンケーキ」(そのままやないかい!)

 

ほのかに甘くて(奄美きびさとうが使われていました。)柔らかく、口にいれてちょっとモグモグしただけで、ああ、ずるいよぅ~ってかんじでとけてどっかに行ってしまうような食感です。

 

パサパサ感がなくしっとりとした感じ。これは国産小麦マジックなのか...

 

そのシフォンケーキミックスのメーカーの方でしょうか、その方のドヤ顔が今も脳裏に焼き付いて離れません。

 

おいしいですねぇ~と率直に感動を伝えましたところ、おいしく作れるレシピをいただきました。

 

A4 1枚ものなのですが、簡単にビリッと破れてしまいそうなフライヤーではありません。きちんとパウチ加工されていました。販促用に作られたのでしょうか、自信の表れのようにも感じました。

 

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さあ、レシピを持ち帰り、「ママ、シフォンケーキミックス買っといてや」とお願いしておいて...

 

でも、おやつ関連はぜいたく品なわけでありまーす。我が家の予算の関係もあり、常に基本食材に先を越され、優先順位が低かったこのシフォンケーキミックスがあの日から約1カ月も待ってようやくようやく日の目を見ることとなりました!

 

約1カ月待ちました。あのデラーズ閣下アナベル・ガトーは「3年待ったのだ」と嘆いていましたが、それと比べたら36分の1、なんてスピーディーにその日を迎えることができたのでしょう、と考えることにしました。

  

ジーク・シフォン!

 

今回も意味もなくガンオタぶりを発揮しましたところで、

 

↑のとおり、レシピに忠実にママが再現してくれました。

きちんときびさとうも使ってくれましたよ。できはバッチ・グー!

 

ちょっと残念だったのは、生クリームを買うの忘れていたことです。ミントはあったのに残念。

 

次回生クリームを添えて食べたいと思います。

 

ごちそうさまでした。

 

夏休み洞窟探検隊 (天川村 五代松鍾乳洞) !!

娘の夏休みもあと残り一週間。

 

娘は夏休み最後の思い出を求め、パパ、ママに「どこか、つれってって」のおねだりがはじまったのです。

 

今年の夏は、久美浜で海水浴、天橋立観光、キッザニアUSJ琵琶湖博物館近江八幡観光...(すみません、先述のとおり、父親の入院とかありまして、ブログに書けていないイベントとかもこの際、白状しておきます。)

 

それに、娘はお盆に、ばぁばのおうちでいとこと大はしゃぎ、流しそうめんなんかもやりました。

 

もうええやろ、とパパは思うわけです。

 

でも、小一、夏休み最後、そうだね、ラスト1発、行っとこか!ということで、例のママによるGoogle検索という名のロシアンルーレットがぐるぐる回り始まるのであります。

 

そして、きました、きました、ビビビッと。

もう暑いところはごめんです。こどもにとっていい思い出となりそうなところってのが大前提ですが、涼しいところが良いです。

 

で、選んだ場所が、大峰山の麓、日本の名水百選に選ばれる「ごろごろ水」で有名な奈良県天川村洞川(どろかわ)界隈に、涼を求めて行くことにしました。

 

場所は↓ご参照ください。

 

 

大阪方面からは、国道309号線をひた~すら南下します。

国道309号線に入るには、阪神高速14号松原線 三宅ICで降りるのがわかりやすいかと思います。また、阪和自動車道(下り)ですと、美原北で降りて道なりに進み、下黒山交差点を左折してください。

天川村総合案内所付近の川合交差点を左折し、後は県道21号線を道なりに進むだけです。

(超簡略化した道案内でした。てへっ)

 

洞川温泉街に到着しますと、夏休みラストの日曜日ともあって、おなーじことを考えるご家族連れの多いこと、多いこと。温泉街の入り口では車が渋滞していました。

 

この渋滞をなんとか切り抜けて、漸くゴロゴロ水採水場へ到着したのです。

 

ちなみに駐車料金は30分 500円 但し1時間超えちゃうと1000円/日 

採水料は無料の汲み放題!!

 

到着するや否や空腹でしたので、途中、道の駅で購入したお弁当を平らげ、その後は、ゴロゴロ水を汲んだり、飲んだりしてほっこりしていました。

 

なんでも、ゴロゴロ水は古くから万病に効く天然水と謳われ、今も根強い人気があります。通販でも購入が可能なんです。この日も駐車場に入るのに結構時間がかかりました。

 

横で水を汲んでいたおじさん曰く、「この水でお米炊いたらおいしいで」とか、「お風呂に入れてもいいかんじ」とか、「ヘルニアにも効くねん」(ほんとに?)とか、いろいろと教えていただきました。

 

我が家は1.8リットルの空のペットボトルを3本持って行っただけなのですが、そのおじさんは軽トラの荷台に、どんなけ汲むねんっ!とつっこみたくなるほどのたくさんのでっかい容器にガンガン水を汲んでいました。さっきもいいましたが、いくら汲んでも無料なのです。

 

さぁ、お目当てのゴロゴロ水も飲んだし、そろそろ、っていうわけにはいきません。それでは娘は納得しませんし、私も納得しません。実はこの付近に、といっても道路を挟んで対面に大自然が生んだアトラクションがあるのです。

 

それこそが、五代松(ごよまつ)鍾乳洞なんです!!

 

この鍾乳洞は、昭和4年に発見されて、現在は県の天然記念物に指定されているそうです。地中約200m以上も続いているそうです。

 

まずは、鍾乳洞の入り口まで、モノレールを利用しました。「五代松モノレール」という堂々としたネーミング、で、そこそこ立派な駅舎、↓

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さぁ、出発! 

 

ちなみに 往き300円 帰り200円 鍾乳洞入口までは登山道もあり、歩いても行けます。

 

ええぇっ~

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運転手さんあわせて定員は5,6人くらいのライド系。娘はママの膝に乗りました。帰りはこのままバックしていきます。さながら、USJハリウッド・ドリーム・ザ・ライド・バックドロップ並みの迫力です。(ウソです。)でも、娘はキャッキャッ喜んでいました。

 

なお、全員メット着用が義務付けられています。(鍾乳洞に入る時もメット着用は必須となっています。)

 

鍾乳洞の入り口に到着、ここで入場料を払います。 大人400円 こども200円

 

そして、中に入ります。冷気を感じとても寒いくらいでした。

人一人がやっと通れるほどの穴をくぐりますと、石柱や石筍のオンパレード!

 

↓人の足のように見える石柱ですが1.2mもあります。100年かかって1cm伸びるとのこと、約1万2000年もの歳月をかけてできた大自然の奇跡です。なんだかセクシー。

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↓この石筍も1mほどあります。今なお成長しているとのことです。なんだかセクシー。

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↓藤棚の形だそうです。私はてっきりジョーズの上あごかと...

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↓娘はこれを見て、♪レリゴー、レリゴー と歌ってました。なるほどアナ雪に出てくる氷のお城の風景に見えなくもありません。つららが落ちてきそうです。

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 ↓出口付近で威風堂々と急降下体制に入った鷲が構えていました。かっこいい~。

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そして、出口へ。

 

なんだか不思議な空間でした。胎内くぐりをしているような、そんな神秘的な感じにもなりましたし。

 

夏休み最後に家族でほんといい体験になりました。

 

洞川温泉付近にはもう1つ鍾乳洞がありまして(面不動鍾乳洞といいます。)、次回はそちらの方も訪れたいと思っています。 

 

知らなかった ! ペアレントスイッチ (USJ) !!

先週、USJに行ってきました!

 

夏休み真っ盛りなのでこども達が多かったのですが、それよりも外国人観光客の多さにほんとうにびっくりしました。近年、日本を訪れる外国の方がとても多くなりましたね。大阪も中心街ではよく外国人の方を見かけるようになりました。中心街でコテコテの大阪の文化に触れ、USJでクールジャパンを体験する、そんな楽しみ方が外国の方々に受けているように思います。

  

さて、うちは有料のエクスプレス・パス(これがあれば長時間並ばずにアトラクションを楽しめます。)を購入せずにいかに効率よくみんなで楽しむか、ということを常に追求しています。エクスプレス・パスも結構な値段がしますので、家族3人分となるとちょっと大変なことになってしまうからです。ディズニーランドみたいにすべて無料のファストパスにしてくれたらいいのになぁ、と思ってしまいます。

 

で、どういう工夫をしているかといいますと、

 

・割り切って年パスを購入し、年間通して随時行けるようにしておく。

 

・おおきなメインイベント(パレードなど)に衆目が注がれているあいだや、人がぞろぞろ帰りだす夕方とか営業終了間際の時間帯に若干手薄になってきた人気アトラクションに潜入する。

 

というオーソドックスなやり方で攻略しています。

 

とくに営業終了間際の時間帯は外国の方などのいわゆる「一見さん」が、「やばい、楽しみ過ぎてお土産を買う時間がない!」とあせり出す時間帯です。みなさん、ぞろぞろとエントランス付近のお土産売り場が人でごったがえす様子が見えてきたらチャンスです。

 

今回の私どものミッションは「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」エリアの攻略です。

 

最大のお目当ては ホグワーツ城を舞台にプロジェクションマッピングなどを使用して繰り広げられるエクスペクト・パトローナム・ナイト・ショー

 

 19:00から20分おきに5回公演があります。

 最後は20:20~

 見ることさえできたら、最後の公演でいいんです。

 

ハリー・ポッターエリアの入場には時間制限がありまして、整理券を取得しなければなりません。(整理券発行機はジョーズの向かいのトンネルをくぐり道なりに奥まで進んだところ、ジェットコースター軌道下に設置されています。)ここで、19:40~の入場整理券を取得しました。

 

さぁ、時間がやってきました。ホグミード村に向かう暗い夜道をゆっくり進みます。この時間帯ですと、案の定、ホグミード村から出てくる人の方が多いように感じました。

 

しかし、本当に暗かったです。なので、落し物なんかするとやっかいだな、と思うくらい暗かったですが、夜のホグミード村の雰囲気は緩やかなランプの灯がとてもいいかんじでした。

 

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まずは、オリバンダーの店魔法の杖の体験です。これはもう何度か参加済みでしたが、いまだかつて「魔法の杖」にわが娘は選ばれたことはありません。

 

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今回、選ばれたらいいなぁ~と思いながら、最前列に立たせ、当ててほしいな、と親がアピったのが悪かったのか、「杖の番人」は奥の方につつましやかに立っていた男の子を引っ張り出してきました。なるほど!と次回の参考になりました。

 

その男の子ですが、アジア系の外国の方らしく、片言の英語でですが愛らしくまたキチンと対応していて好感が持てました。この子でよかったと妙に納得です。「魔法の杖」の意志、さすがだな。

 

でも、「杖の番人」(西欧の方です)のしゃべり方が、さんまさんの「あなたはカミをしんじますかぁ~」を彷彿させ、一人、お腹の中で自爆せずにはいられませんでした。このスピンオフ的楽しみ方も是非、ひょうきん族世代な方、参考にしてくださいね。

 

オリバンダーの店を出て、次はお目当ての「エクスペクト・パトローナム・ナイト・ショー」です。ホグワーツ城近くで娘を肩くるましながらショーを堪能しました。

 

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あまりネタばれしないように記事は慎みたいと思いますが、ホグワーツ城にディメンターの怪しい影が出現、ハリーのお友達もディメンターにやられてしまいピーンチ...

しかーし、最後は例のキメぜりふ「エクスペクト・パトローナム」で、ビビビッーっと...

ほとんどバラしてしまいましたかね、すみません。

 

でも、美しいプロジェクション・マッピングは実際見ていただいて、感動していただけたらと思います。

 

で、ショーが終わって、営業時間終了まであとわずか、もういっちょう攻略するか!ということで、ホグワーツ城に向かいました。

 

娘の身長制限があるためハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー」という4Dのアトラクションは家族みんなで乗れないことはわかっていました。

 

でも、もしかしたら、と思い、おもむろに娘の身長を測って、「やっぱり数センチたりない。おしぃ~」と三文芝居をしていたときのことです。あるクルーが、アレントスイッチという手法を使えば、パパが娘の面倒を見ているときに、ママがアトラクションを体験し、ママが戻ってきたら即パパと入れ替わり、続けてアトラクションを体験できる、とのこと教えてくれました。

 

で、「娘にパパ、ママこれに乗っていい?」と尋ねたところ、娘は「怖そうだから、私は乗れなくてもいい」と言ってくれたのです。ちなみに娘は「スパイダーマン」に乗ったことがあり、曰く、めちゃくちゃ怖かったそうなのです。だから、パパ、ママに配慮してるわけでもないな、ということで、ペアレント・スイッチで体験することにしました。

 

入場前にペアレント・スイッチ利用を示す券をいただきます。入場して、まず、手荷物をロッカー(無料)に入れ、城内を歩いて、ゴンドラ乗車口に到着します。そこの対面に待機ルームがあり、ここで、親御さんたちがこどもと一緒に待つことができるのです。

 

で、パパ、ママは営業時間終了間際のこのアトラクションをそんなに時間をかけずにサクッと体験できました。

 

このアトラクションのゴンドラは4人1組。他の家族が乗っているところに一人、すみませ~んと同乗させてもらってから、バーを下し、クルーからカトちゃんペッ、みたいなまるい3Dメガネをいただきます。

 

そこからはハリーとともに...

 

パパもママも三半規管がやられるくらい楽しみました。

 

いやぁ~知らなかった。ちゃんとしらべとけばこれまで何度か乗れていたのに...

 

ちなみにUSJでは正式にはチャイルド・スイッチと呼ぶそうです。でもあのクルー、なぜペアレント・スイッチって言ったのだろう、と思いましたが、きっと「親が入れ替わる」という意味で使用する方が理解されやすいと思ったからではないでしょうか。教えてくれてほんとにありがとう。おかげで初めて体験することができました!

 

でもこんどは親子三人で一緒に楽しみたいです!! はやく娘の身長よ、伸びてくれ!!

おじいちゃんが、がんになっちゃった(その6) !!

(承前)

 

漸く念願が叶い、おじいちゃんは、兵庫県立粒子線センターを正式に受診することができました。

 

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当センターの副院長からは、再度、前回セカンドオピニオン外来の時とほぼ同じ説明(↓ご参照ください)があり、その他具体的な治療計画のロードマップが示されました。

 

  

ただし、治療開始前

  1. 現在継続しているホルモン療法を約6月継続すること
  2. 事前に直腸内視鏡検査を行って直腸に問題がないことを確認しておくこと

と指示がありました。

 

1.について、おじいちゃんの前立腺がんは、幸いにも限局(一か所に集中)していて、転移が見受けれられない様子。さらにがんを一か所に封じ込めていくことによって陽子線照射による治療の効果を最大限に高めていくために半年間程度のホルモン療法が有効とのことでした。
 

ちなみにホルモン療法とは、ひらたくいいますと、女性ホルモンを体内に取り込む療法です。薬で飲んだり、注射をしたり。

 

でも副作用がありまして、女性っぽくなってしまうんです。実際おじいちゃんは肌がツヤツヤ、お目目パッチリ、ま、これは特に問題ないのですが、お乳が若干垂れてきました。よしもと新喜劇でいう、桑原和男のおばあちゃんのようなお乳を想像してみてください。(って関西以外の人、わかるかなぁ~)

 

 2.について、直腸に病変が認められる場合、陽子線照射によりさらに悪化する可能性が高く危険なので、予め直腸に病変がないか確認しておく必要があります。

 

実際、おじいちゃんは懇意にしていた胃腸科に1日入院し、内視鏡検査を行いました。実は、その時、良性のポリープが数か所発見され、即摘出していただいたのです。

 

なお、この場合注意が必要で、ポリープの摘出時クリップで止血を行うのですが、金属製のクリップを使用することは陽子線治療を行ううえでNGとのことです。ほか、例えば大腿骨に金属のボルトが入っている、という場合などもNGだそうです。

 

(この点については、センターから胃腸科の先生あて注意事項が記載された資料をいただけますので特に患者から説明を行う必要はありません。)

 

おじいちゃんは、ホルモン療法を今年2月下旬ごろから始めています。よって陽子線照射は、開始時期は8月下旬ごろと設定されました。

 

そして照射は計37回にわたるという超長丁場なスケジュールです。

 

※当センターでは入院施設はありますが、患者さんが全国各地からいらっしゃるし、各患者さんの状態もかんがみて優先度の高いかたで満床とのことでした。よって、おじいちゃんは当センターの連携病院を紹介してもらって、そこで入院し、そこから当センターに通う形をとることになったのです。

 

 なお、治療開始約1週間前に2日間ほど、検査などのために当センターに通院が必要でした。

 

検査内容は当センターにおける画像診断(MRI)、血液検査(PSA値測定)、尿検査など。

 

特に陽子線照射前には膀胱にお水をためて膨らませ膀胱に陽子線が当たる範囲をできるだーけ小さくする必要があるのですが、この検査時におじいちゃんが陽子線照射直前に飲むべき水の量を算出していただきました。結果は約200mlでした。

 

ちなみに直腸は、陽子線照射前にきちんと排便しておくこと陽子線が当たる範囲を小さくすることができます。

 

その他、照射台(ベッド)へのおじいちゃん専用固定具の作成、照射位置の設定(お腹に1か所、左右大腿骨あたりに各1か所、照射位置にマジックでマーキングされます。このマーキングが消えないように常に気をつけなけばなりません。お風呂に入って薄く消えかからないよう、マジックで上書きするなど注意せねばなりません。)などが行われました。

 

いやぁ~いろいろありまして、やっと今週からおじいちゃんは本格的に当センターで治療を受けることができるようになりました。このドタバタは昨年末から始まってますので約9か月も待ちました。9か月もです。ま、デラーズ閣下アナベル・ガトーは「3年待ったのだ!」と嘆いていましたが、それと比べりゃ、3分の1以下やん、とちょっとガンオタ(癌オタではありませんよ!)ぶりを披露しておきまして、とりあえずは、

 

 GOOD LUCK !! おじいちゃん!! 

 FORZA!! おじいちゃん!!

 

37回の照射が終わったころにまた、みなさんに良い結果をお届けしたいと思います。

 

あと、これからいろいろと保険請求などもしていかなければなりません。これは保険適用外の治療で高額なんです。おじいちゃんは高度先進医療をカバーする特約には入っていませんでしたがなんとかお金の工面はめどが立っています。そういった点なども結果をできる限りお伝えしていけたらと思います。 

おじいちゃんが、がんになっちゃった(その5) !!

 (承前)

 

兵庫県立粒子線医療センターで治療を受けたいと思ったおじいちゃん。

 

それには、現主治医を動かして、主治医から直接当センターあて連絡をとっていただく必要があるのです。

 

当センターは放射線科単科病院です。現主治医との密な連携なしには、また、その担保なしには治療が行えないのです。

 

おじいちゃんは、現主治医に動いてもらうためにセカンドオピニオン外来(詳細は前回の拙ブログで!の結果報告も兼ねて、現主治医を受診しました。

 

おじいちゃんは、当センターから聞いてきた説明などを現主治医に伝え、当センターから現主治医あてのお手紙や資料なども手渡しましたが、現主治医は、その資料もよく読まず(ま、お忙しいのはよくわかるんですけどね)一瞥しただけで、

 

「ぼくはなにをしたらいいのですか?」

 

と困惑し、まったく要領を得なかっそうです。おじいちゃんも説明がヘタやったかなぁ~と少し反省してましたが、あくまでも、おじいちゃんは

 

今後も主治医はあなたです!    と現主治医を立てたうえで、

当センターと直接連携してほしい! とお願いし

その手法は現主治医あての資料を読んでください! とお願いしただけなのに...

 

おじいちゃんは、「どうしたらええねん」とわたしに相談がありました。

 

わたしは仕事の関係でなかなかおじいちゃんに付き合えません。なので、現主治医がしっかりセンターの資料を読んでくれないなら、だれでもわかるようにひらたーく要点をかいつまんで、お手紙を書き、おじいちゃんに託しました。(めんどくせー!!)

 

折しも、当時、がん保険の一時金を得るために現主治医に診断書の作成をお願いしていましたが、これも2月あまり放置プレーでしたので、やんわりクレームの形で事務を通して診断書の件と併せ、おじいちゃんは、現主治医にアプローチしました。

 

ようやく、ようやく、こちらの思いが伝わりました。(ホッ)

 

ただ、現主治医は、「ぼく、この病院を辞めるんです。引き継ぎはキチンとやりますよ。」とのこと、わたしには、この先生、めんどくさいことはやる気なかったのかな?という印象は残りました。

 

それでも、おじいちゃんはこの主治医を信頼しており治療の継続性をしっかりと担保するためにも、「先生が次に行かれる病院についていきます!」とか、「今後も主治医をお願いしたいです!」とか言ったそうなのですが、ウソかホントか「臨床の場を離れますので...」(要は研究者として大学病院にもどる)みたいなかっこいいことをおっしゃったようです。

 

なにはともあれ、この主治医が直接センターに連絡してくれました。

いや~ヤキモキしましたねぇ~。

 

そしてセンターからおじいちゃんに連絡があり、晴れて次回は正式にセンターを受診できることとなりました。

 

今後、具体的な診療スケジュール等が組まれることになります。

 

その詳細は次の拙ブログにつづきます。